じいさんの喫茶店

コーヒーにまつわるエトセトラ

僕のおじいちゃんは喫茶店をやっていた。
おじいちゃんの家に行くと、
なんとも言えないコーヒーの良い匂いや
その残り香…というか、もう家に染み付いた
複雑な匂いがした。
特に、朝おばあちゃんが出してくれる
ミルクコーヒーが好きだった。

東京は港区虎ノ門。
まだ今みたいに巨大なビルやマンション、
コンビニだってない頃。

霞が関に行って高速エレベーターで遊んだり、
お正月には近くの金毘羅さんで甘酒を飲んだり、
おもちゃを買いに博品館へ行ったり、
隣にあったハングリータイガーでスパゲッティを
山盛りで食べたり…
幼少期の東京って、そんな所だった。

その虎ノ門の一角で、
住居兼店舗の喫茶店をやっていたおじいちゃん。
おばあちゃんはウエイトレス。
決して広いとは言えない店内。
メニューもそんなにはない。
おしゃれなのかなんなのか、
よくわからない妙な内装と薄暗い店内。
背の高い椅子の並んだカウンター。

おじいちゃんはカウンター内に決して
おばあちゃんを入れてくれなかったそうだ。
カウンターの中はきっと、
おじいちゃんの聖域だったのだろう。
僕はおじいちゃんが寝てる間に出入りしてたけど。

おじいちゃんは店を始める時、
珈琲問屋さんから
「豆の味がわからない奴には卸さない」
と言われ、生の豆を齧って味を覚えたんだとか。
アルバイトをしながら続けた地道な努力。
今なら問屋さんだってたくさんあるだろうけど、
昔はそこしかなかったんだろうね。
すごいなぁ、と思う。

コーヒーの味だって、今はお店の人が教えてくれる。
ちょっと検索すれば山のように情報が出てくる。
プロのコメントだっていくらでも見られる。
コーヒーの本もたくさん出ているし、
コーヒーの味なんかわからなくたってお店はできる。

だけど、そんなおじいちゃんの努力に敬意を表して
僕は美味しいコーヒーがわかるようになろうと思う。
美味しいコーヒーが淹れられるようになろうと思う。

おじいちゃんみたいに、
お店を畳んでしまって、この世を旅立つときにも
常連さんが来て別れを惜しんでくれるような…
そんなマスターになりたいものだなぁ。

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